brother toppage
About the Film


Introduction
→History
Story
Producers
Director
Staff
Cast Japan
Cast USA
Credits

本予告映像

Trailer

Home

brother構想は5年のを経て実現!

監督・北野武9作目の作品となる映画"BROTHER"の構想は、既に5年前、本人があのバイク事故にあう前、『みんな〜やってるか!』(95年公開・5作目)の製作中にすでにたてられていた。しかし、海外での撮影のパーフェクトな実現という難問以前に、彼自身が事故によって受けたダメージの回復が先決であり、企画は先送りされ、彼自身が“リハビリ映画”と位置付ける『Kids Return』が6作目の作品として製作されることとなる。『Kids Return』は96年のカンヌ国際映画祭[監督週間]でワールド・プレミアとして上映され、以降国際的に高い評価を受けながら各国で公開されたが、その中でもとりわけ熱い視線を送り続けるプロデューサーがいた。英国映画界の重鎮、ジェレミー・トーマスである。

ロンドン国際映画祭で『戦場のメリークリスマス』以来、15年ぶりの再会を果たしたジェレミー・トーマスは、ロンドン国際映画祭の公式ディナーの席で、北野自らの口から、米国・L.A.での撮影を前提とした"BROTHER"の構想を聞いた。ジェレミー・トーマスはこの企画に大いに共感し、即座に全面的な協力を表明した。ところが、北野は7作目『HANA-BI』のクランクイン直前であったため、"BROTHER"プロジェクトがスタートするまでに更なる歳月を要することとなる。

1年後、ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得した『HANA-BI』と共に再びロンドンを訪れた北野は、待ちうけていたジェレミー・トーマスと再会、北野サイドのプロデューサー・森昌行と、ジェレミー・トーマスとの間で、9作目の北野作品として"BROTHER"のプロジェクトを始動させることを確認した。森は8作目の作品『菊次郎の夏』の製作と併行して、"BROTHER"の準備にとりかかることを約束。ジェレミー・トーマスは、北野サイドから出された「映画のファイナル・カットを北野武に確保すること」「撮影スタッフとして、〈北野組〉を起用すること」といった条件に対し、「我々が作ろうとするものが映画である限り、我々に不可能はない。ベストをつくすだけだ。」と断言、ここに日・英共同プロジェクトが誕生することとなった。97年11月のことである。

以来、日本側プロデューサー・森昌行と英国側プロデューサーのジェレミー・トーマスは、東京・ロンドンと相互でミーティングを重ねながら具体的に製作態勢を固め、99年、『菊次郎の夏』が[コンペティション部門]に出品された第52回カンヌ国際映画祭において、この"BROTHER"の製作を世界に向けてアナウンスメントするに至ったのである。

たび重なる脚本打ち合わせを経ながら、北野武監督と北野組スタッフは8月から9月半ばにかけて、作品のメイン舞台となる米国・L.A.でのロケーション・ハンティング、200名以上に及ぶL.A.キャストのオーディションを実行。米国スタッフも加わって製作・演出・技術パートそれぞれが有意義なミーティングを重ねた。11月21日、東京でその撮影が開始される。
>> OFFICE-KITANO WEBSITE
Copyright:Little Brother, Inc.